カタリザール(catalyseur)としての場所

今から思えば、震災前は、何とのどかな生活であったことか。ライブハウスを開店したばかりで厄介な問題はあったが、前日はフランスから来た若者に人気のバンド、ポニポニランランがその名前のように楽しく踊らせてくれたし、その日だって、夜の出し物、『ハナキン歌謡祭』のリハーサルで地下の店は賑やかにやっていた。

あの日から渋谷の町ではすべてのホールが閉まった。余震と計画停電、未曾有の被害状況をにらみながら、私の店サラヴァ東京も再開の日を決めかねていた。

大竹昭子さんが震災の一週間後に「店は開けるべきよ、やはりやることをやらないと。」と言う趣旨のメールをくれた。しかし私も周りの人間も悲しみと怒り、そしてとまどいが先に立って何もする気になれなかった。不思議なことだが、大好きなジャズもポップスも聞く気になれない。すべてが空々しく、胸に響いてこない。自分がそういう状態なのに人に聞いてもらおうとも思えなかった。

メールの翌日今度は彼女から電話がかかってきて、「言葉なら聞きたい?」と言われた。即座に「聞きたい!」と答えた。私たちはあの頃、バス停で、街で、見知らぬ同士が言葉をかけ合い、話しかけるのが普通になっていた。私も不安を隠すように周りの人間と話し続けていたが、被害、死亡者、行方不明、セシウム、ヨードなど、ざわざわした言葉を何日も聞いたり話したりするのに疲弊していた。そんな言葉ではない、おろおろした気持ちをストンと収めてくれるような、一言で空が晴れるような本質的な言葉を、蒸留されたきれいな言葉を欲していたのだ。

三月二七日に「ことばのポトラック」が生まれた。ポトラックという絶妙なタイトルをポケットからコインを出すようにすっと出してきた昭子さんのセンスはすごい。ポトラックとはアメリカの先住民の言葉で、分け合う、交換する、の意味。シンプルで、何が出てくるかわからない偶然性を楽しむ寄り合い、のことだ。

集まった十三人の詩人たちの朗読とそれに全身で耳を傾ける聴衆の熱意。「これは一回で終わらせてはいけない、一年間は続けましょう。」と決まった。毎回場所を変えることなく、サラヴァ東京で毎回すべて行うことになったのだ。企画者、大竹さんが今まで私がやってきた活動を理解してくれたゆえのことだった。大変うれしいと同時にカタリザールとして任務を果たすことができるか、少々心配でもあった。

カタリザール :フランス語で「触媒」の意味である。私は一九七七年に渡仏して、八二年から参加したクリエーション集団にしてレコードレーベル『サラヴァ』の主宰者、ピエール・バルーとともにカタリザールを務めてきた。シンガーソングライターのバルーは、仲間と自主制作(彼は主題歌の作曲と歌、俳優を務めた)の映画『男と女』が世界ヒットして以来、新しい才能を発掘し育てる仕事をかれこれ四五年続けている。終始一貫した創作哲学に支えられ、現在『サラヴァ』はヨーロッパ最古のインディレーベルである。

音楽は一人ではできない、いろいろな楽器があり、作詞、作曲家、音響や照明、そして観客がいてショーが成り立つ。しかしショーは完璧でも人に感動を与えることができないことがある。まるで離陸できない飛行機みたいに。その離陸のお膳立てをするのが我々の仕事である。決め手は観客も含めて全員の作り出す化学変化だ。それには器である場所の良し悪しが大きく作用する。まず受け入れる人間達に情熱があるか、余計な口は利かずに、気を配れるか、良い食事や十分な酒があるか、ステージに立った時自分の声が美しく聞こえるか。ある出演者にはプレッシャーが必要だし、ある人にはリラックスすることが必要だ。ステージに上る時、人は裸になる。だから、最高の精神状態で飛び出せるように心を配るのが私の役目だ。三十年の経験の中で時にはすべての幸福な偶然と才能がかみ合って、観客ごと空高く舞い上がるような体験をした。そんなときアーチストは光輝き、自分以上の存在になれる。観客は生活の大変さを忘れて誰もが翼が生えた天使になれる。そんな魔法の時間が流れる時、カタリザールも一編の詩を書いた。と思う。

店を開けてから、一年あまり、多くの詩が生まれた。

モントリオール在住の日本人達が震災支援のイベントを開いた。巨大にして酷寒の地、ケベック州では、大都市のライブショーが北極圏の村でも楽しめるように参加型のネット中継が行えるホールがある。そんな彼らのノウハウを生かして、(十四時間の時差なので、)東京では朝の四時、ステージが、モントリオールとネットでつながり、『上を向いて歩こう』と『ふるさと』を演奏した。一万キロという空間を隔てた人々と深夜の渋谷の地下に集まった我々が(こちらは徹夜させられて正直ちょっとふくれながら)「夢は今も めぐりて わすれがたき ふ・る・さ・と」と声を合わせた時、突然コントロールできない熱い涙が噴き出した。シンプルな言葉が不意を突いて心臓をつかんだ。長年世界中の音楽を聴いている私が小学唱歌ごときにやられるとは。詩は思いもかけぬ所から我々を狙い撃ちにした。

クリスマスイブに「古川日出男+管啓次郎「春の修羅」「銀河鉄道」を読む」が催された。「音楽に挑戦を仕掛けている。」と言った管さんの意気込み以上の素晴らしい完成度であった。朗読が音楽と完全に混ざり合い、従来の目から脳への経路ではなく、音楽の経路で脳を直撃しゆっくり浸み込んでいく。そのうえミュージシャンを含めた全員が役を持って発言するので、実は演劇にも挑戦を仕掛けている。二人の試みはまさに文学の枠から出て、他の表現形態に入り込むことにより力強い文学を作ろうという冒険である。音楽家から見れば強敵が現れた、といえる。詩人は意味を司る「言葉」を握っているのだから音楽という武器を持たせてしまったら大変なことになるのだ。ぜひ危機感を持って反撃にまわってほしいと思う。すべての表現が挑戦を仕掛けるような火薬庫的な場であったら良いと思う。

この店が始まったと同時に震災が起きてしまい、私は心が震えるままに、場所を提供してきた。『ことばのポトラック』は、こうしたいと願っていた店の方向に実に正確に向かせてくれた。このイベントは一年間に渡り、私のお膳立てなど必要としないパワーで、現代詩、俳句、短歌、散文、音楽を、プロ、アマチュア、の、十代から七十代の人々が詠んだ。佐々木幹郎さんが第一回目に書きおろしで朗読した、「人は揺れ/大地は揺れ/あらゆるもの 陸の奥深くへ流れ込み」(「鎮魂歌」より)という詩篇が私達のおろおろした気持ちを代表している。その気持ちのままに多くの人が集まり、二回、三回と回を重ねるごとに気持ちは変化して、言葉も変わっていったが、私にとって根底になるのは幹郎さんのその詩篇である。

図らずも大きな悲しみが私の場の出発点になってしまった。皮肉なことに悲しみが美しい歌を歌わせる。そして心がいやされていく、そのプロセスのお手伝いができればと思っている。

サラヴァ東京店主 アツコ・バルー
現代詩手帖(2012年3月号)より転載

2017年4月24日 更新

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