2015年11月28日 更新

無防備であり続けること


ジャコメッティ展、「純粋な存在」

今ロンドンのナショナルポートレートギャラリーで開催中の展覧会に行って来た。ジャコメッティはイタリア人かと思っていたら、スイスのイタリア寄りの地方で画家の父親と慈愛に満ちた母親のもと、4人兄弟の一人として生まれた。10歳のときに両親につれられてヴェニスに行ったときに将来がかになる決意を固めたと言う。カルヴィン派の母親から率直で質素な教育、父からは芸術の薫陶を受け彼はすくすくと才能を伸ばして行く、1歳下の弟は生涯にわたって彼のモデルになるのだが、ジャコメッティ14歳、最初の彫刻と言われる口を曲げた可愛い少年の頭部のブロンズが展覧会の入り口にあった。この作品をジャコメッティ自身も懐かしく思いずっと大事にしていたそうだ。
20歳でパリに出てアトリエに通いだす。1年遅れて弟も芸術家になる夢を持って上京するが、兄のモデルとして、アシスタントとして兄の才能をのばす為の裏方に徹する事になる、実に彼なくして今、多くの作品は失われていただろう。

ある時、彼は自分の作品を全て壊そうとしたからだ。弟が機転を利かせて保管したので救われた。
しかしながら彼の芸術家としての一生は生きているうちに大成功した、

そう今書いたように彼は一生、大家になっても自分を疑い続けた。彼の絵画には細かい線が無数にある。それは、移ろい行く人間をとらえる為の執拗な追跡の跡だったのだ。パリでアトリアに通っていた頃に彼が書いた文章にこうあると言う。人の体は絵に描いた瞬間に動いてしまい、描いた物は真実でなくなる。どうしたら存在をとらえる事ができるのか。彼は悩み抜いた。

彼の素晴らしさはまさに彼の「悩み」にたいして「無防備」であり続けた。と言うことなのだ。揺れる自分と捉えがたい人間存在を絵画や彫刻に写し取ること、一生のテーマであり、その為に彼は「無防備」であり続けた。

悩むと言うことは自分が弱者になることである、弱者でいることは辛いので、人は鎧兜に身を固め、芸術家なら自分のスタイルをさっさと決めてそれを保守する。凡人は、「まあ、良いかケセラセラだよ、酒でも飲んで忘れよう。」という事になる。

彼は悩みに翻弄され続け、悩む己を彼の力にした。その意味で彼は本物の芸術家である。

ジャコメッティ展

潮田 バルー あつ子
アツコ・バルー
Atsuko Barouh

ラミュゼ主宰 / 通訳・翻訳家


ラミュゼ主宰。パリ第五大学人類学科卒業。フランスのインディレーベル『SARAVAH(サラヴァ)』の運営に1988年より関わる。2002年『L'amusée(ラミュゼ)』設立。滞在型イベントハウス『ラ・ケヤキ』(2003年)、ライブハウス『サラヴァ東京』(2011年)につづき、アートスペース『アツコバルー arts drinks talk』(2013年)をオープン。渋谷を拠点に文化の交流と発信に情熱を傾けています。

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