2015年6月 7日 更新

元気いっぱいワルシャワ。貫禄アーチストたち

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5月30日から始まった「才能のるつぼ展」は私が最近出会った若い作家を中心に、日本人2人、ニュージーランド、フランス、ポーランドから8名の作家を集めた。そのなかにポーランド人、マルゼナ・チュレック・ガスさんがいる。なんと彼女と出会ったのが1ヶ月前のワルシャワだ。

彼女の作品で何が私を打ったのかと言うとまずその自由さである。彼女は町をキャンバスにしているという。
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どんなキャンバスなの?と日本にいると思いもつかない。アジアに行くと感じるあのキラキラした活気。あの感じがずっと北に移動して、ほとんど全員金髪青い目になって、ヨーロッパの余裕を持ちながら、生き生きしている感じが今のワルシャワだ。24時間店はあいているし。町には若者があふれ、ストリートアートも盛んである。

IMG_2371.JPG中心地にあるMITOカフェは本屋ギャラリー、レストランのある気持ちよい店、

50年間のソビエト占領から逃れて20年、大きく息を吸うよう膨らんで行く希望、活気、そしてイケイケの経済。そんなエキサイティングな町に今私はいるのよ。と言う自覚が彼女を大胆なアクションペインター、巨大彫刻にも挑むマルチアーチストにしていると思う。
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絵の具のタンクをしょってローラースケートの足下のチューブから出てくる絵の具でスケートしながらジャズのインプロに会わせて絵を描いて行く。100m平米の作品だ。
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あるいは色の面を組み合わた彫刻を町の公共施設に。

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町をキャンバスに、雪の上に仕掛けた面白い形をランドアードにする。現在渋谷のアツコバルーで展示中

彼女のアトリエは川向こう、工場や倉庫のある地区を多くのアーチストたちでアトリエにしている。 大きな窓を高い天井をうまく利用して一部は2階にして時々泊まり込む事ができるようになっている。内装はすべて手作り、とても居心地の良い空間ができている。

彼女はとてもノリが良くて陽気、日本に行きたいわ。と言っていたがオープニング前日、本当に来てしまった。


一人旅だから出会いがある

時間を戻すと、2015年4月の27日にワルシャワに着いた翌日市内の現代美術館でとても良い展覧会を見た。2011年のジャスミン革命に始まった一連の民主化運動とオキュパイ運動はどうやって起きたのか。つまり、一人の考えが個人の殻を破って大きな数の人々に伝染して行くその瞬間をアートで表したら、と言う試み。

確かにそれは不思議、何故ある考えは正しくても広まらないで、ある考えは大きな力が阻止しても広まる。もちろん広告界社の力で広まる事もあるがこれはまた違う論争になる。権力や暴力によらないで社会が変わる時。それはどうやって起こるのか。フーム、そこに選ばれていた作家や作品の全部に納得はできなかったけれど、試みとしてやる価値のある展覧会出し、それをこの地でやることに又違う意味が加わると思った。(ソリダリノスク発祥の地だから)

7月にアツバルで行う「選挙フェス」にも関係する事である、一人のミュージシャン三宅洋平が18万人を動かしたとき、なにが起こったのか。彼のした事は政治活動ではなくソーシャルアートだと私は思っている。

そのワルシャワの美術館で私が声をかけた女性が面白いギャラリーでその夜オープニングがあると言うので行ってみた。

川の向こう岸はワルシャワでもまだ開発されていない地域で面白い、何が、と言うとソビエト時代のままの町並みだからである。ましてや戦争前の建築も残っている、爆撃のひどかったワルシャワでは珍しい。ギャラリアアシメトリーは川岸そばの大通りから取り残された様にほとんど土の小道にある小さな建物だ、これもソビエトがやってくる以前、1920年代にポーランドの著名な建築家が友人の彫刻家の為に作った家だ。その家が痛んだままになっているのを今のギャラリー主が個人で補修して一階はイタリアン創作料理レストラン、2件のギャラリーとアーチストインレジデンスにした。アシメトリアは貴重な存在でポーランドの古い写真の保全、展示(これ興味あり)と今の写真家の為のギャラリーでNPOだ。
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古いポーランドのどこか(英語で書いてあっても分からない、とほほ)

今回は古い写真と新ししいものをコラージュした作品のオープニングだった、便乗してなのか、すべてのテナントはオープンになっていて、屋上では若いアーチスト(ああ、名刺をもらって失くしてしまった!!)が作品を見せていた。夜空に川縁の明かりがキラキラして気持ちのよい4階建ての屋上に大きくて立派な銅板が2枚吊るしてある。、触ってください。と言うから触ると軽い感電、ビビットきた。これは人と人が出会った瞬間を再現したのです。ほら、ひとめぼれするときってこうでしょ?と紅顔の美声年(作家)に目を覗き込まれて、(うう、君に言われてもねえ。)でもなんかニヤニヤ、楽しくなって来た。日本人は珍しいのか、みんなが声をかけてくる。いつから来たの?何しに来たの?「日本大好き、働き者だから私たちみたいに。」「アートやマンガかっこいいし。。。」と。日本人をほめてくれる。

1回に下るとBMWギャラリー、ここは古い床板を白くさっと塗って、大きな空間にポーランドの美大で教授をしている男性とその妻の展覧会をやっていた。実は私の両親なのです。もう始めて数年経ったからそろそろ親の作品を見せても良いかと思って。と言う若い女性のオーナー。ソビエト時代に、森に毒を撒かれ、(なぜ?)子供が楽しみにしていたベリーを摘んでも食べられなくなった。その毒入りベリーをキャンバスにつぶして絵画にしたシリーズ、30年以上たってキャンバスもブルーベリーも程よく変色してレジスタンスのすごみある良い作品(運べるなら買いたかった。)壁が落ちてから世界中の歩道のマンホールに紙をおいて歩行者の歩くままにしておいた拓本シリーズ、妻のほうは、まだアクリル絵の具が乾く前のキャンバスを雪の庭においておいたらこうなった、と言う氷の結晶絵画。これが何ともいえず美しかった。やはり自分たちのいる場所を意識した作品は良いものが多い。陶芸家がすんでいる所の土や釉薬で作るものはいいし。普遍性は地域性からできる。そういう事だと思う。
加えて彼等画生きて来て過酷な政治の規制や厳しい自然を逆手に取ってユーモアを込めて彼等は力強くアートをして来た、その貫禄に脱帽した。日本のアーチストも愚痴を言っている場合ではない。アートはレジストである。

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Joanna Janiak


その晩は4月の終わりにしては例外的な暖かさで、一階のイタリアンは庭にテーブルを出していた。そこで一杯飲んでいる人たちがまた、私を呼んでくれた。どこから来たの?一緒に一杯どお? 新緑が香るワルシャワの夜の庭で見知らぬ人たちと飲む絞りたてのリンゴジュースの一杯は特別の美味しさだった。(オーガニックな食材で、生のものしか使っていないそうだ)ビルのオーナーが「英語できないけどドイツ語は、あ、だめなのとにかくようこそ、」先ほどの紅顔の青年が、「1階の展覧会どうだった?実は僕の美大の教授だったんですよ。同じ屋根の下で展示なんで緊張するなあ。あ、僕のサイト見てください、」はい、とカード(それをなくした!)。補修したと言っても最低限だけの補修でソビエト時代のペンキや手すり、すべて残したんだ。と誰かに英語で訳してもらうオーナー。「この方が面白いでしょう。」はいそのとおりです、そのセンス好きだなあ。すべてツルピカにすれば良いってものではない。垢は魅力のうちだから。汚さと美の間にあるかないかの塀があって、それをぴょんぴょん飛びながら歩いて行くのが楽しんだよね、そうそう、よくわかっている。この人たち。

最初に私を呼び寄せてくれた2人はアート好きのおじさん、(といっても絶対私より若い)次々くる人を紹介してくれる。そこにやってくたのがマルゼナさんだった。金髪丸顔の典型的ポーランド美女で、大きな声で笑いながらスマフォで自分のパフォーマスビデオや作品を見せてくれた。作風は時代の流行をとらえながらも天衣無縫、自由型でパワフルに泳いでいる。これは好きだな。と思い、あなたのアトリエに訪ねて行ったもいいですか?と聞いたら。もちろん。と言ってくれた。

そしてその日から1月後、渋谷のアツコバルーに彼女の作品がある。その上彼女は突然東京に来てしまった。そういう行動力、彼女らしくて好きだ。自分で腰を上げる人だけにできる経験や出会いがある。

アツコバルーにて開催中
才能のるつぼ展
http://l-amusee.com/atsukobarouh/schedule/2015/0530.php

潮田 バルー あつ子
アツコ・バルー
Atsuko Barouh

ラミュゼ主宰 / 通訳・翻訳家


ラミュゼ主宰。パリ第五大学人類学科卒業。フランスのインディレーベル『SARAVAH(サラヴァ)』の運営に1988年より関わる。2002年『L'amusée(ラミュゼ)』設立。滞在型イベントハウス『ラ・ケヤキ』(2003年)、ライブハウス『サラヴァ東京』(2011年)につづき、アートスペース『アツコバルー arts drinks talk』(2013年)をオープン。渋谷を拠点に文化の交流と発信に情熱を傾けています。

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