2011年4月 3日 更新

「ことばのポトラック」その後

3月22日に開催されたこのイベント、当日FM東京が収録してくれました。放送時間は以下です

☆トランス・ワールド・ミュージック・ウェイズ
 田中美登里さんの番組です

≪放送予定≫
TOKYO FM & radiko.jp(インターネット)
4月10日&17日(日)5:00〜6:00 
『ことばのポトラック』(3月27日サラヴァ東京で収録) 
 震災2週間後の3月27日、大竹昭子さんの呼びかけに応じた12人の詩人の持ち寄り朗読会。詩のことばは悲しみや不安を突破するか?
 出演:大竹昭子、佐々木幹郎、くぼたのぞみ、古川日出男、東直子、管啓次郎、AYUO、潮田明、平田俊子、堀江敏幸、南映子、間村俊一、小池昌代、かのうよしこ&小沢あき

&4月2日の日経新聞の文化欄に記事が載りました。
しかし、まだ私、潮田のパソコン力が不足しているため、写真やスキャンデータをアップできません、よって新聞記事の切り抜きがお見せできません。

   ***

あの日参加者の皆さんと協議して、この会は少なくとも1年間、6回は続けましょう、ということになりました。そしてそのたびに朗読されるテキストを出版することも決まりました。サラヴァに連絡くだされば買うことができます。今編集中です。

言葉は受け取り手に届くまで時として長い時間がかかる、と、管さん、堀江さん。

「その間、サラヴァに言葉を預けましょう。」という堀江さんの言葉、サラヴァ東京は言葉の預かり場所となりました。 音楽もそうなのです、ライブは一期一会、でも時間をかけて愛される音楽もあります。それまでサラヴァではライブの音源とヴィデオを預かっています。

ワインみたいにすぐは酸っぱくて攻撃的だけど、10年20年すると芳醇になる芸術もありますよね。

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先日、イスタンブールのことを書いたオルハン・パムクという作家の文章を読んでいたら、トルコ語のヒュズンという言葉に言及して、ヒュズンは悲しみという意味だが、これは個人の悲しみではなく100万人の人が共有する悲しみ、喪失感のことなのだ。と。今日本人が感じているのはヒュズンだなぁ、でもイスタンブールの甘い憂鬱とは段違いの、これは絶望に近いヒュズンであります。同じパムクの本の一節で、「人間が子供の時から、人生の中心として、そして自分の世界として自分のものとし、それゆえに全ての知識の出発点の中心としてある場所が、本当は少し前(私が生まれる100年前)まで存在しなかったことを見ることは、あたかも死んだ後で、後に残してきた世界をふりかえって見るように、耐えがたいほど興味深い、驚くべきことである。すべての人生の経験と、細かく細かく蓄えられたすべての人間関係とものが、時間を前にして覚える旋律なのだ、それは。」(和久井路子訳)

今回で置き換えれば、「100年前には何もなかった町や自分たちの生活の基盤、」ではなく、100年前からずーっと存在していた人生の中心、意識と知識の出発点、生活の基盤、すべてが一瞬で消えた、という何とも戦慄すべきこと。

故郷が消えた。また、家族の遺体がみつからない、というとんでもない絶望。その前で私たちは茫然とするばかりです。「では、自分は何をすべきか、」はそれぞれの良識に任せますが、私に言えることは音楽と言葉で人と人が手を取り合う場を提供することです。まだまだ傷がいえるまで長い月日が必要でしょう、私もしぶとく続けます。

最後に会計計算をお送りします。


参加費(3000円×47人)、募金箱、持ち寄り本売上、テキストコピーカンパで、収入の合計は 207,644円です。
サラヴァ東京の経費(食材、人件費、コピー代)を差し引いて108,484円を義援金として「国境なき子どもたち」に振り込ませてもらいました。この団体では特に子供たちのケアーに力を入れています。HPでご覧になってくださいませ。被災地の子どもと大人に本を送る運動も始めました。

では次回のポトラックは5月22日です、東直子さんがゲストで短歌を中心にしたポトラックです。詳しくはまたお知らせします

潮田 バルー あつ子
アツコ・バルー
Atsuko Barouh

ラミュゼ主宰 / 通訳・翻訳家


ラミュゼ主宰。パリ第五大学人類学科卒業。フランスのインディレーベル『SARAVAH(サラヴァ)』の運営に1988年より関わる。2002年『L'amusée(ラミュゼ)』設立。滞在型イベントハウス『ラ・ケヤキ』(2003年)、ライブハウス『サラヴァ東京』(2011年)につづき、アートスペース『アツコバルー arts drinks talk』(2013年)をオープン。渋谷を拠点に文化の交流と発信に情熱を傾けています。

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