アツコバルー ATSUKOBAROUH arts drinks talk

finished 2016.04.16 Sat - 05.29 Sun

会期延長 5月29日(日)まで!!
「あの時代(とき)のホリゾント」
植田正治のファッション写真展

Exhibition of UEDA Shoji’s Fashion Photographs Those Screens, Those Times

2016.04.16 Sat - 05.29 Sun
Wed - Sat 14:00 - 21:00
Sun & Mon 11:00 - 18:00 
closed on Tue
¥500 (includes a drink)


「生涯、アマチュア写真家」を自称していた植田正治が初めてファッション写真を手がけたのは1983年、植田が70歳を迎えた年であった。それまでのファッション写真の枠組みを自由に飛び越えた作品は大きな反響をもって迎えられ、新たに植田正治の名を世に知らしめる契機となった。すでに植田正治を知るものにとっても、生まれ故郷の鳥取にとどまり、戦前からアマチュアリズムを貫いていた植田正治が、商業写真、しかもファッション写真を撮影したことに対する驚きは相当なものだった。
ただひたすらに「写真する歓び」を追い求めることで満足していた植田正治を新たな世界へ導いたのは、当時、アートディレクターとして活躍していた次男の充であった。この年の3月、最愛の妻を亡くし、写真を撮る気力さえ喪失していた父の姿を見かねた充が思いついた"荒療治"、それがデザイナー菊地武夫のブランドTAKEO KIKUCHIのカタログ撮影だった。自らのホームグラウンドとも言える砂丘で、モデルたちを自由に演出することが許された撮影で生来の実験精神と遊び心を取り戻した植田は、まったく新しいファッション写真の世界を創造することになった。それは、期せずしてすでに70歳になっていた植田正治の写真家としての新たな転機にもなる。もともと新しもの好きでハイカラ趣味だった植田正治とファッション写真との相性は抜群だった。その後も、充の手引きにより、多くのファッション写真を手がけた植田正治は、まさに水を得た魚のように次々と名作を生み出していった。後年、「砂丘モード」として知られるようになるこれら一連の作品群は、若い世代や海外にも大きくアピールし、植田の名前を次世代に伝えていく上で重要な役割を果たすことになった。時代と運命を共にする宿命であるはずのファッションは、植田正治の作品の中では色あせるどころか、時代を経てさらに輝きを増し続けている。それは、まさに植田正治が生み出したあらゆる作品にも共通して言えることだ。
本展では、80年代に手がけたファッション写真を中心に植田正治の作品世界を立体的に展示することで、その世界観を追体験する。また「80年代」をキーワードにアート、ファッション、グラフィックなど、バブル経済を背景に成熟の頂点を迎えた時代の証言者たちを迎えたトークセッションの開催も予定されている。


企画協力:植田正治事務所、五味彬、コンタクト


Event

◉4月16日(土) 19:00~21:00 オープニング・パーティー 入場無料

豪華ゲストによるトークショー開催

◉4/16(土) 17:00~19:00 ¥1500(1drink付) {終了いたしました}
菊池武夫(デザイナー)× 田口淑子(元ハイファッション編集長)

◉4/17(日) 15:00~17:00 ¥1500(1drink付) {終了いたしました}
石橋凌(俳優)× 増谷寛(植田正治事務所)

◉4/22(金) 19:00~21:00 ¥1500(1drink付) {終了いたしました}
はた きみえ(スタイリスト)× 中村のん(スタイリスト)
Special Guest :菊池武夫(デザイナー)

◉4/28 (木) 19:00~21:00 ¥1500(1drink付) {終了いたしました}
佐野史郎 (俳優) × 増谷寛 (植田正治事務所)

◉5/2(月) 18:00~20:00 ¥1500(1drink付) {終了いたしました}
ハービー山口(写真家)×安珠(写真家)

◉5/14(土) 19:00~21:00 ¥1500(1drink付) {終了いたしました}
石川次郎(編集者)× 森永博志(元マガジンハウス エディトリアル・ディレクター) × 堀内花子(翻訳家・堀内誠一長女)

◉5/21(土) 19:00~21:00 ¥1500(1drink付)
広川泰士(写真家)× 佐村憲一(グラフィックデザイナー){終了いたしました}
Special Guest :はたきみえ(スタイリスト)

◉5/28(土) 19:00~21:00 ¥1500(1drink付) {終了いたしました}
五味彬 (写真家)×須藤絢乃(アーティスト)

予約:ab@l-amusee.com / 03-6427-8048
お名前・人数・希望日・お電話番号をお知らせください。

Profile

植田正治
1913年鳥取県生まれ。1930年代から写真雑誌への投稿などで頭角を現し、戦後、独創的な家族写真や鳥取砂丘での演出写真が注目される。1950年代はじめリアリズム運動などで、演出写真は中断するが、1971年の写真集「童暦」の刊行を機に、国内外で高く評価される。1972年に初めてヨーロッパを訪れ、1974年写真集「音のない記憶」を刊行。1978年、87年アルル国際写真フェスティバルに招待される。植田の作品は海外、特にヨーロッパでの評価が高く、1980年以降、展覧会、雑誌などで広く紹介される。1966年にはフランス芸術文化勲章を受章。2000年逝去(享年87歳)。

☆トークゲスト Profile☆
・菊池武夫 (Kikuchi Takeo)
武先生photo(通常使用).jpgのサムネイル画像1937年東京生まれ。64年、コマーシャル用のコステュームデザインやファッション写真の衣装製作などをスタート。70年、パリでの海外生活などを経て友人と(株)BIGIを設立。78年にはパリに(株)MEN'S BIGIヨーロッパを設立し、コレクションを発表。1984年、ワールドに移籍し、TAKEO KIKUCHIを発表。ドラマ「傷だらけの天使」(75')や映画「鮫肌男と桃尻女」(99')などの衣装デザインも手がけ、2015年には13年ぶりに東コレで自身のコレクションを発表。

・田口淑子(Taguchi Toshiko)
田口淑子.jpg

文化出版局の「ミスターハイファッション」、「ハイファッション」編集長を務める。現在はフリーの編集者。編著に「山本耀司。モードの記録」。


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・石橋凌 (Ishibashi Ryo)
石橋凌.jpg1956年福岡生まれ。77年伝説のロックバンドA.R.B(エーアールビー)結成、翌年デビュー。90年に松田優作の意思を継ぐべく、役者としての活動に専念する意思を固めた本人の強い意志により活動停止。98年新メンバーにより復活。2006年、A.R.B を脱退、それによりA.R.B 解散。A.R.B の強い信念を持った音楽は氷室京介、福山雅治、ユニコーン、奥田民生、EBI、JUN SKY WALKER(S)、THE HIGH-LOWS 甲本ヒロト, 真島昌利など数多くのミュージシャンに影響を与えた。役者としても、映画やドラマに数多く出演。三池崇史監督や北野武監督作品、ハリウッド作品にも出演。話題になった大河ドラマ「龍馬伝」では、福山雅治氏と共演。ミュージシャン、役者と2つの顔を持つ石橋凌は2011年、一人の表現者として音楽活動を再開した。

・はた きみえ (Hata Kimie)
はたきみえ.jpg1949年東京生まれ。ファッション雑誌、広告スタイリスト。アートマガジン ZINEを編集、自費出版。ロンドン、チェルシー カレッジ オブ アート ペインティングコース卒業後、油絵を製作。あるきっかけから、植田正治先生の写真の大ファンからルオモヴォーグ ファッション編集ページ、アニエスbの写真展など多くの植田先生の写真のスタイリストを担当。
植田先生とのお仕事はすべて楽しい貴重な思い出となった。植田先生の砂丘写真は時間、空間がタイムレスなのでいつ見ても新鮮で素晴らしいと思う。

・中村のん (Nakamura Non)
中村のんイラスト希望.jpg1970年代後半よりスタイリストの草分け的存在、高橋靖子に師事。その後、フリーのスタイリストとして活動。
2000年代よりエッセイストとしても活動。2014年に写真展&トークのイベント「70’s 原風景 原宿」、翌年に「70’s 原風景 原宿 vol.2」を主催。同年8月に写真集『70’ HARAJUKU』(小学館)をディレクション出版。
1985年に双子の息子たちがモデルとなって植田正冶さんに撮っていただいた写真は末代までの家宝。

・佐野史郎 (Sano Shiro)
佐野史郎.jpg1955年生まれ、島根県出身。1975年劇団シェイクスピアシアターの創立に参加。1979年退団後、唐十郎が主宰する状況劇場を経て、1986年「夢みるように眠りたい」(林海象監督)で映画デビュー。その後、数多くの映画・TV・舞台に出演するほか、写真にも造詣が深く2006年には植田正治の写真を用いた映像作品『つゆのひとしずく~植田正治の写真世界を彷徨う~』を監督する。

・ハービー・山口(Herbie Yamaguchi)
ハービー山口さん.jpgのサムネイル画像1950年東京都出身。大学卒業後の1973年に渡英し10年間在住し、劇団員を経て写真家になる。折からのパンクロックのムーブメントの中で撮られたポートレートが高く評価された。帰国後も福山雅治などアーティストから市井の人々を撮り続けている。常に「希望を撮る」という視点のポートレイトには独特のグルーブがあり最も人気のある写真家の一人である。写真の他、エッセイ執筆、ラジオDJ、さらには布袋寅泰のアルバムには作詞家として参加している。2014年ドイツのライカが企画した100周年記念写真展「Eyes Wide Open 100years of Leica Photography」には、過去100年から選出された140名の写真家の一人として出展している。2011年度日本写真協会賞作家賞受賞。

・安珠(Anju)
安珠00.jpg東京都出身。ジバンシーにスカウトされ渡仏、パリを拠点に各国のヴォーグやパリコレに出演する国際的なトップモデルとして活躍。帰国後、写真家に転身。文章を織り交ぜた物語のある独自の写真世界で注目される。タレントや文化人からも支持されコラボ作品多数。広告、雑誌連載、文筆や講演、TV出演など幅広く活躍中。近著の『Dream Linking☆つなぐ夢、千年忘れない』(朝日新聞出版)は全国とパリで写真展開催。植田正治生誕100年に植田正治写真美術館の世界最大カメラの初撮影をする。

・石川次郎 (Ishikawa Jiro)
石川次郎画像.jpeg1941年東京都生まれ。64年に早稲田大学卒業後、2年間海外旅行専門の旅行会社に勤務。その後平凡出版(現マガジンハウス)に入社。「平凡パンチ」誌で編集者生活のスタートを切る。「メイド・イン・USA」「SKI LIFE」などでカタログ的表現の雑誌作り研究のあと「ポパイ」創刊に参加。以後「ブルータス」「ターザン」「ガリバー」などを創刊し、各誌の編集長を歴任する。93年に独立し編集プロダクションJI inc.を設立。

・ 堀内花子 (Horiuchi Hanako)
堀内花子.jpg


1961年東京生れ。堀内誠一の長女。74年から80年までフランスで家族とともに暮らす。
メーカー勤務を経て現在通訳翻訳業。

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・森永博志 (Morinaga Hiroshi)
写真-4.JPGのサムネイル画像 


1950年生まれ。編集者&作家。代表作品。『原宿ゴールドラッシュ』『ドロップアウトのえらいひと』『あの路地をうろついているとき夢見たことは、ほぼ叶えている』。


・広川泰士 (Hirokawa Taishi)
顔写真(中).jpg1950年生まれ。広告写真、TVコマーシャルなどで活躍する一方、世界各都市での個展、美術展への招待出展、受賞多数。プリンストン大学美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、サンフランシスコ近代美術館、フランス国立図書館、ミュンヘンレンバッハハウス美術館、神戸ファッション美術館、東京都写真美術館、他に作品がコレクションされている。

・佐村憲一(Samura Kenichi)
ポートレイト.jpg1948年山口県生まれ。田中一光デザイン室を経て、ナンバーワン・デザイン・オフィス設立。広告、エディトリアル、CI、パッケージ等のアートディレクション及びグラフィック・デザイン。伊丹十三監督全作品のグラフィックデザイン担当。NAOC長野オリンピック公式写真集アートディレクター、佐賀インターナショナルバルーンフェスタ・アートディレクター。武蔵野美術大学・空間演出デザイン科元非常勤講師。東京アートディレクターズクラブ賞、毎日広告デザイン賞、造本装幀コンクール文部大臣賞、全国映画ポスター賞最優秀賞、日本グラフィック展銀賞、日本印刷産業連合会会長賞、日本BtoB広告賞銀賞他受賞。個展「ステーショナリー展」。著書「般若心経」「一流ブランド品の科学」



It was in 1983, the year he turned 70, when Ueda Shoji, who called himself an amateur photographer throughout his life, started taking fashion photographs.
Bursting out of the frame of 'fashion photography', these photographs were highly acclaimed and took him to fame anew. Even for those who knew Ueda Shoji, the fact that he, who stayed in his hometown in Tottori and had stuck to his principle of amateurism ever since the time before the war, had took not just commercial photographs but fashion photographs was quite a surprise.

The one who led Ueda Shoji into this new world was his second son Mitsuru. He couldn't stand seeing his father - who in deep sorrow over the death of his beloved wife in March 1983 had even lost interest in photography - sad anymore and came up with a cure: Photographs for the catalogue of KIKUCHI TAKEO.
In the course of these shootings - in which he was allowed to freely arrange the models at his home ground, the Tottori sand dunes - Ueda found back to his playful approach and spirit of experimentation and was able to create a completely new world of fashion photography; an event that happened to become another turning point in the career of the then 70 year old Ueda Shoji. Especially, because his sophisticated taste and interest in novelties went extremely well together with the concept of fashion photography.
After his work for KIKUCHI TAKEO, Ueda, led by his son Mitsuru, continued to take fashion photographs and, like a fish released back into water, produced masterpieces of photography one after another.
Those photographs, later to be known as the series 'Mode in Dunes', appealed also to the younger generations and people abroad and in doing so played an important role in making accessible the world of Ueda Shoji to future generations.
For, the Fashion in Ueda Shoji's photographs, although being closely linked to the zeitgeist of the period of it creation, not only not appears antiquated, but continues to gain in appeal and brilliance over the years.

By focusing on his photographic work of the 1980s and exhibiting it 'three-dimensionally', this exhibition will revive the artistic universe of the late Ueda Shoji. In addition, several talk events are scheduled to be held during the exhibition period, with contemporary witnesses from various areas such art, fashion or graphic design, giving their account of this period called 'The 80s'.